今日で9年目をむかえましたね。

Youtubeなどで流れる津波の画像をみると、本当に恐ろしい光景が脳裏に焼き付きます。

私は東日本大震災は、東京で経験しました。

東北の方々ほど大きな被害はありませんでしたが、阪神大震災を経験しているので、その時の恐怖が蘇ってきました。

多くの方が亡くなりました。

身内や友人を亡くされた方、生活を追われた方には決して忘れられない出来事です。

私も忘れてはいけない、と思い生きてきました。

ですが、人は変わるものだと、思いもします。

阪神大震災のほんの数年後、私は友人を亡くしました。

90年代も終わりをむかえようとしていた年です。

震災の後、まだ仮設住宅が並び、大きな建物が建設中。復興に走り、神戸は前を向いている時でした。

友人は、突然亡くなりました。

事故か、自殺か、事件か。分からないまま警察には変死として処理されました。

その方の死は、私の時間を止めました。

私はその方を、亡くなる直前まで、恨んでいたんです。

とても憎くて、いなくなって欲しい。そう願っていました。

最後の電話で「あなたみたいな人間のクズはいなくなった方がいい」と言いました。

その2週間後、いなくなりました。本当に。

その方の名誉のために、何があったかは書きません。

私の心はそこで壊れました。時間が止まり、生きるのを忘れたように感じました。

いなくなって欲しかった人がいなくなって、喜びが残るわけではありませんでした。

虚しさと、悲しさと、怒りと、それとともに解放されたという想いと。

様々な感情が秒単位で現れ、生きている状態がわからなくなりました。

毎日、なぜ?と自問自答する。

毎日、その方の夢を見る。

笑っている自分の裏で、どうしてこんな風に笑えるのか?と感じている自分がいる。

そんな日々が続きました。

私は生きていていいのか?死んだほうがいいんじゃないか?

そんな質問がいつも心の中で浮かんでいました。

生きづらくて、しんどくて、ただ、そんな風になっている自分を見せたくなくって。

死を目の当たりにして、死の恐怖と、生きることの辛さに苛まされていました。

その方の死まで、死についてこんなにも考えることはなかった。

仕事を見つけ、それに専念している風に自分をもっていったけど、心の中は虚しさでいっぱいでした。

こんな人間が何をやっても無駄だと。

そんな風にしか、心の中では思えなかった。

それから数年、そんな状態が続きました。

ですが、心の中で感情は少しずつ変化します。

私は、それでも生きたい。

変わりたい。

当時は、スマホもインターネットすら普及していない時代。

情報は、テレビか本でしか得られない時でした。

本当にたまたま目に留まったのだと思います。

ただ、潜在的に自分が欲していたのだ、とも思う。

図書館で、五木寛之さんの本を借りました。

それは、仏教の教えについて書いていた本です。

仏教の哲学や思想を、分かりやすく解説していました。

そこに、私が欲しかった答えが書いていました。

死を想うこと、それは生を想うこと。死の上に生が成り立っていると。

諸行無常。すべては移り変わり、絶えず変化すると。

少しだけ、生きていて良いと言われた気がしました。

あれから、もう20年以上の時が流れました。

あの時の気持ち、あの人は、私の中で成長し、変化し、生きています。

どうして亡くなったのか?

もう答えを求めることはありません。

もちろん、本当はもっと生きたかったのかもしれません。

ですが、その現実は叶うことはない。

だから、自分の中で、形を変えて生きてもらうこと。

20年経って、ようやくその気持ちにたどり着くことができました。

色んなかたちで、人や動物、そして物すらも、いつか物理的に終わりを迎える時がきます。

その存在を忘れない。ということは、決してその時に止まったままではないと、私は感じます。

亡くなった方々の気持ちは分かりません。

ですが自分が変わるように、その方も変わっていくのだと、私は思っています。

そして、いつか自分自身も、物理的にいなくなる日がきます。

その時まで、私の中で、あの方は変化し、生き続けるのだと思います。